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2012年10月16日 (火)

聖霊も精霊もスピリット

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ねんどろいどタチコマ:シルバー
この子も掲載してなかったとは・・・・・・
ガンメタリックシルバーでけっこうしぶい。

本日は「聖書とイノセンス」1時間目
引用があきらかなところだけ抜粋します。




①「聖霊は現れ給えり。・・・・・・久しぶりだな、少佐、今はなんと呼べばいい?」


プラント船で素子と再会した時にバトーが言いました。
あの銃を突きつけあう構図はいいですね。
絵コンテ集によれば「銃口を突きつけあう」構図はジョン・ウー監督が好むらしく、男たちの挽歌やM.I.2でも使用されたようです。どおりで、かっこいいと思えばジョンのパク・・・いやいや、万人がかっこいい、と思う構図なのだ。


で、絵コンテ集によればこのときバトーはVeni Sancte Spiritusというはずだったらしいです。つまり「聖霊よ、現れよ」です。
キリスト教関係の用語なので、この場合「聖霊」であって「精霊」ではないと思います。
「精霊」に抱くがぶさんのイメージは、アイルランドや日本のアレのことだ。



このラテン語は賛美歌の出だしで、作詞はヨハネの福音書14-16,17を元に1228年に作成された模様です(出典賛美歌;日本基督教団出版局)
日本語の賛美歌では「来ませ、みたまよ、み座よりくだり」で始まるやつです。
五旬節(収穫を祝う祭りが後にキリスト復活から50日目を祝う日として扱われることが多い)で歌う、とか。クリスチャンでないのでよくは知りません。


聖霊降臨のエピソードは使徒言行録の1-8では以下のとおり
「あなたがたの上に聖霊が降りるとあなたがたは力を受ける」
おなじく使徒言行録の2-3、4で
「そして炎のような舌が別れ別れに現れ、一人一人の上にとどまった」
「すると一同は聖霊に満たされ・・・・・・」
と、「聖おにいさん」でいうところの”バーサク状態”になるようです。
ステータス異常とかいわないでくれる!?とイエスも言ってます。
奇跡です、きせき。



ラテン語を訳せば、正確には”現れた!”という事実を述べるのではなく”現われよ!”という祈りの言葉なわけで、あのままラテン語を使うわけにはいかんかったのでしょうか。映画上映時には日本語になってます。
それで正解です、I.Gさん。



自分の後ろでばす!ばす!ハダリを撃ちまくってる奴が誰なのか、バトーにはすぐわかったようですね。視覚ではなく背中を預けられる奴が来た、って感覚でしょう。彼は決して後ろを見ずに目の前のハダリの洪水を攻撃していますからね。
ここに彼らの絆を感じます。
わざわざ銃口を突きつけあう構図を入れたのは、「だってそのほうがかっこいいから」です。
それで正解です、I.Gさん。


聖霊は現れ給えり、が正しいのだとすると、その台詞の出典はわかりませんでした。気になる人は聖書を繰ってみてください。、どっかの聖霊降臨エピソードに載っているかもしれません。




疲れたので詩篇はまた明日

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