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2012年10月 8日 (月)

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Motokodivebatou



やはり絵を載せておこう;前回の白バージョンって・・・

さて、イノセンス感想第3弾
[follow me]の歌詞がいささかセンチメンタルに過ぎる件




歌詞を今一度見直してみよう。



私と一緒にきて下さい。輝く海を越えてあの国へ
私たちが見知った世界をはるかに超えたところで
夢の世界より遥か彼方で
これまでに味わったどんな喜びより遥か彼方で待っているのです
私と一緒にきて下さい。愛するものにしか見えないこの道を
楽しい夜の年月の彼方に
涙を、そして私たちが無駄にした年月を超えて
光の中へと続いている道です

私と一緒にきて下さい。この山の奥の彼方の国へ
いつも心に抱いていた音楽の全てが空を満たしています
沈黙の歪みの中で歌えば心は開放されます
そうしている間にも世界は回り続け そして落ちて行きます
私と一緒にきてください。
私と一緒にきてください。






この歌のように素子が思っているならば、間違いなく彼女はバトーを求めていることになる。いや、エロい意味でなく、切実に同伴者として。
というか、ネットの海の向こうへいらっさい、と言っているようにしか聞こえなくなった。






「輝く海を越えて」
「私たちが見知った世界をはるかに超えたところで」
「夢の世界より遥か彼方で」





これらがネットの海の向こうの世界を想起するのに難くはない。
さらに「光の中へと続いている道」とかいえば「光ファイバーの中に続く道か?」とか・・・・・・
もう、2030には光ファイバーなんざ、ローテクだ。
光でイメージされるネットを駆け巡る情報の波のイメージで捉えるのが正しいな。
その向こうへ光を越えてやって来い、といってる。




「愛するものにしか見えない道」




「バカには見えない道~!」
ではないのだな。小学生並みの表現力になってしまうからな。
また、この場合どっちがどっちを愛するのかは言及を避ける。
「愛」を持ち出された段階で、がぶさんのハードボイルドな世界は崩壊してるのだ。
すでに素子のキャラは崩壊している。
「楽しい夜」だの「涙」だの「無駄にした年月」だのバト素だったころなら狂喜乱舞するところだが、もうがぶさんは落ち着いた。
この辺は少しせんちめんたるすぎやしないかね?






「沈黙の歪み」は、アナログなものをデジタルに置き換えることが歪みなんだろう、と無理やり解釈。
データと言う沈黙の中に存在する歌。音のない歌だ。
それを歪みというのは聴覚をもつものの感覚だな。
ネットの中で住まうならばすべてデジタル。アナログな世界からみれば歪みだ。
しかしそれはいまだかつてない開放感があるのだ、ともいう。
新世界だ、確かにしんせかい





「そうしている間にも世界は回り続け そして落ちて行きます」





そうしている間に、とは今、そうしている間に、ということだろう。
世界は落ち続けている。
螺旋の先に向かうは破滅か、新世界か
私と一緒にきて下さい、と繰り返すのだからいいほうには転がらない、と解釈するのが妥当だろう。





私と一緒にきてください。
私と一緒にきてください。




ここまでしつこくいうのは、彼女は世界が崩れつつあると思っているのか。




6年前ならそう思ったかもしれない。
だが、今はあの頃の閉塞感が感じられない。
あまりにも大きな波が起きたからだろうか。
崩れ行く世界を、無名の無数の個が作り直す時代に移った気がする。
崩れ行く世界があるなら、また建て直しましょうかという匂いがする。
正直、今の時代が一番すきなんだな。





ネットの向こうに消えるには、まだまだ仕事は山積しているのではないかね?
と、少佐に言いたい。

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